今年の梅雨は、地方によっては異例なほどの集中豪雨のため、各地で土砂崩れや洪水が発生、数多くの死傷者が続出する水の事故が多発しました。また、梅雨明けの猛暑が続く今日この頃となったら、今度は「涼」を求めた結果、悼ましい水辺の事故が起こり、若い尊い命が奪われてしまいました。日本全国、水にまつわる事故はいずれの季節も後を絶たず、地震と並んで自然がもたらす大きな災害の一つとなっております。
水はこういった恐ろしい災害や事故を起こし、人間と敵対してしまうこともあります。ですが、水がないことの苦しみは、これらの水の災害がもたらす苦しみよりも、遥かに大きな困難に結び付くのです。豊かな「水」がいつでも充分にあるということは、命あるものとして一番ありがたいことであり、暮らしの安心、安定に直結する貴重な財産とすべきことです。
日本の一般家庭においては、水道の蛇口をサッとひねるだけでいつでも清潔な、充分な量の水をごく簡単に得ることができます。日本総人口1億余が毎日、洗濯、お風呂、食事、あるいは発電の為に膨大な量の水を使用しても、水が水道から出なくなるという状況はごく限られた地域で、一年に数回あるかどうかです。消毒の味のことを気にしなければ水道水は充分に飲料水として用いることもでき、それを飲んでもお腹を壊すようなことはありません。
ですが、広く世界を見渡すと、水道設備の整った一部の先進国を除いては、砂漠周辺の国のように飲み水さえ確保できない、水道設備が全く未発達で、不衛生な井戸水や河川、湖水の水を使用しなければならない、水を居住地から遥かに離れたところまで毎日汲みに行かなければならないという状況の国もあるのです。将来の資産運用のために銀行の金利が高いか、低いかということよりも、水の悩みの方がよっぽど切実なのです。
私たちにとっては「あることが当たり前」である「水」について、海外での事情を知り、改めて水に対しての感謝の気持ちを実感するとともに、海外に滞在する時のためにご参考頂けたらと願います。